倉沢良弦『ニュースの裏側』

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イラン情勢についての考察

昨年末に飛び込んできたアメリカの無人機(Drone)による、スレイマニ司令官爆殺のニュースが世界中を駆け回り、中東情勢は一気に緊張感が高まってきた。
アメリカ国内では、徴兵制が復活し、WW3の火蓋が切られるのではないか?という、民主党系の支持者がバカ騒ぎを始めたようだ。日本においても、ペルシャ湾情勢の悪化により、同海域を航行する日本船籍のタンカー等の警戒と、同海域の実情調査名目での海上自衛隊派遣に、情勢悪化の中で自衛隊を派遣するべきではないとする野党各党は、安倍政権に対し自衛隊派遣見送りを提案するとしている。
年間3000隻以上のタンカー が、中東地域から石油を運んでくる日本は、実に全輸入量の89%の石油をこの地域に依存している。仮に中東情勢悪化により石油がストップしたなら、たちまち日本経済はダメージを被る。日本の石油備蓄は約2週間分と言われているが、中東情勢が絶えず不安定な1960年代以降からだけ見ても、日本の輸入量は右肩上がりで、その点で中東諸国は日本を特別視している。湾岸諸国はイスラエル建国以後、欧米各国からの影響下にあって、イスラームの派閥争いと相まって、内戦とテロの真っ只中で一時として政情が安定していた時期は無い。
その中にあって、急速な経済発展を見せてきた日本は、一貫してこの地域から石油を買い続けている。中東問題の火種の一つであるエルサレムの影響を受けない唯一の先進国である日本は、宗教という巨大すぎる文化の衝突の影響を受けることなく、中東諸国と付き合える国であり、その点において、アメリカですら話し合いのテーブルにつけない国との交渉が可能な唯一の国なのだ。
この点、実は湾岸諸国、中東諸国にとっても重要な点である。
イスラーム圏と言われるこれらの地域には、当たり前だがキリスト教徒もユダヤ教徒も混在していて、その象徴がエルサレムだ。日本人の視線は、この点を無視した見解が多すぎて、日本人の中に中東問題の考察が進まない大きな原因となっている。中東諸国に内在するイスラームを信奉する民は、どこを自らの土地とするのか?で揉めている。その象徴的な存在が、ISIS掃討で世界中にその存在を知らしめたクルド人だ。彼らはイスラームスンニ派に属するが、スンニ派原理主義者であるISISとは全く違う派に属し、イラン系クルド人を中心に中東地域に広く独自の生活圏を自らの力で獲得しようとしている。その歴史的背景はここでは割愛するが、実に4000万人以上の世界で最も大きな国土を持たない単一民族だ。同じイスラーム同胞でありながら、互いに長年月に亘って争いが絶えないのがイスラームの派閥争いで、欧米各国は石油利権の獲得のため、彼らの一方に加担し、都合が悪くなると他方に味方するということを繰り返してきた。
イランは長年、アメリカを敵視しイスラエルを憎んできた。その発端を辿れば、イギリスの二枚舌外交に行き着く。イスラエル建国の発端を作ったのはイギリスでありユダヤ人を追い詰めた当時のドイツは、敗戦国ということもあって、イスラエル建国について意見できる立場に無かった。多くのユダヤ系移民が経済活動の屋台骨を支えていたアメリカは、当たり前だがイスラエル建国に反対するどころか、積極的に独立宣言を承認した。
パレスチナの民を山岳地帯に追いやり、力による独立を勝ち取ったイスラエルは、そのやり方においてイラン国内を筆頭にイスラームの人々の猛烈な反感を買うことになる。
これらの中東問題の元々の発端となったのが、イギリスの二枚舌外交による、パレスチナレバノン、ヨルダン、シリアの一部地域にまたがる委任統治制度だ。これは大航海時代からえいえいと続くイギリスの植民地政策の名残りと言ってよく、この地域の石油利権を維持したいがためのイギリスの方便であった。イギリスが見誤ったのは、この地域におけるイスラーム派閥問題の根深さを逆手に利用したことだろう。イスラームの民を分断したのは、このクリスチャニズムによる覇権主義と言ってもいい。エルサレムは正にその象徴で、宗教という人々のアイデンティティを利用した資本主義経済の侵食は、イスラーム内部の対立軸を作り、同時に彼らの中に石油は金になるという概念を持ち込むことにもなった。それが、民族の対立と結びついたのも必然とも言えるかも知れない。

今回のアメリカとイランの紛争に話を戻すと、今回の紛争の発端を作り出したのはアメリカによるスレイマニ司令官の爆殺と見るのは早計だ。
イランの非核化合意は、2015年のアメリカの一方的な離脱により破棄されたとの国際世論を形成したかったイラン、ロシア、Chinaであったが、アメリカがイランの非核化を目指している背景には、北朝鮮とChinaによる水面下での核開発協力を止めたい狙いがあった。オバマ政権下において対中政策が前進しなかったのは、Chinaの台頭を許すことは西側諸国にとっては新たな二極化になると分かっていながら、オバマの大統領としての無力さを示すものであり、「もはや、アメリカは世界の警察ではない」という敗北宣言において、アメリカ国民の激怒は頂点に達した。アメリカ国民は例え歴史は短くとも、経済力と軍事力によって地球を支配しているのは自分たちであり、自分たちこそが世界のリーダーであるべきだ、という自負心がある。アフリカ系アメリカ人として初めて大統領の座についたオバマは、実は移民の子孫であるアメリカ人全体の象徴でもあった筈なのに、また世界を肌の色や宗教で分ける時代の終焉を意味していた筈なのに、オバマは敗北宣言でグローバル化を止めようとしてしまった。これはアメリカ人にとって絶えがたい屈辱だ。
トランプ大統領が生まれた背景はこういったアメリカ国民のプライドと憤怒によるところが大きいが、一方でアメリカのインテリジェンスがそれまで周到に準備してきた対中東政策に関して、アメリカが必要とする手段を講じることが出来る大統領が誕生したとも言える。アメリカにとっての中東諸国は、実は2000年代に入って油田開発技術が急速に進んだシェールオイル革命によって、最初にイニシエイトされるべき対象とはなっていない。アメリカの本音は中東諸国からの撤退であり、膨大な予算を必要とする国防のスリム化を図りたいのだ。かと言って、オバマが行ってきたような弱腰の外交は見せたくない。
加えて、イランと水面下で繋がっているChinaと北朝鮮の首根っこを抑えるための政策が求められていた。
この点で、政策が一致したのが安倍総理トランプ大統領だ。これはむしろ時代の必然と言っていいかもしれない。トランプ大統領就任後、大統領とは何か?国際政治とは何か?アメリカにとっての順列は何か?を徹底的に教え込んだのが、安倍総理だ。第一次安倍政権の失敗、民主党政権による悪夢の時代を経て、安倍総理は明かに政治家として一皮も二皮も剥けた。政策の打ち出し方、先手の打ち方に戦後のどの首相とも違う手法を使うようになった。トランプ大統領が誕生するだろうという時、真っ先にトランプタワーに行った。あれがどれほど世界各国の首脳を驚かせたか。この時から、トランプ大統領安倍総理の二人三脚が始まったのだ。
そして、Chinaの台頭を許してはいけない、北朝鮮の横暴を食い止めなければいけない、その両国の協力を得ている中東諸国の最も大きな火薬庫であるイランを食い止めなければ、真の中東地域の人々の平和は来ない、というのが、両者の一致した見方である。
日本は、中東地域に石油を依存しているが、中東地域が抱える宗教紛争の蚊帳の外だ。
アメリカはこれ以上の中東地域への関与は控えたいと考えている。
Chinaに関税戦争を仕掛け、北朝鮮経済制裁を与え、イランに経済制裁を与える構図は、それら水面化で繋がっている国同士を弱体化させ分断することが目的だ。
イランのハメネイ師は、本質的には穏健派に属しているが、アメリカから受けている経済制裁で国内は疲弊し切っている。本来なら、これ以上の国民の犠牲は望んではいない。アメリカと戦争なんかしている状況には無いのだ。しかし、今、アメリカに屈服することは、国内に益々の混乱を引き起こす元にもなるだろう。イランは強硬姿勢を崩すわけにはいかない。だから、スレイマニ司令官の葬儀後、即座にイラク国内のアメリカ基地を攻撃した。
しかし、ここで重要なのは、アメリカはイランからの攻撃を予測して部隊を安全な所に避難させていたし、イランは人命に危害が及ばぬよう、事前にイラク側に通告している。つまり、両者共にこれ以上事態を悪化させたくないのだ。
アメリカもイランも、戦争は望んではいない。だが、一方で両国共に国内世論を暴走させるわけにはいかない。
今、両者は手打ちのタイミングを図っている。
それには仲介者を必要としている。
両国首脳に顔が利き、両国の事情をよく知る世界の首脳とは誰か?
先進国中、最も世界から信頼されていて、世界の誰もが納得する仲介者は誰か?
イラン革命軍の暴走、プーチンとネタニヤフのいらぬ手出し、中東地域に散らばる原理主義テロリストの暴走が無ければ、このアメリカとイランの手打ちは行われる。
この難題を成し遂げることは容易ではないが、両国共にそれを望んでもいる。