倉沢良弦『ニュースの裏側』

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米中通商交渉第一段階合意を邪推する

かねてより、米高官から米中両国で懸案だった通商交渉の第一段階が、トランプ大統領と中国の劉鶴副首相との署名が行われた。
アメリカは中国に対する関税措置の一部を取り下げ、中国は大幅にアメリカからの農産物その他の輸入を拡大する。

米中、「第1段階」通商合意に署名 中国は農産品など輸入拡大 https://reut.rs/2TqqnCH

これにより、問題の焦点は第二段階の合意内容に移ることになった。今回の署名を行った劉鶴副首相は、China国務院の副総理で共産党内の序列は低いものの、アメリカ通であり李克強首相の強力な経済政策ブレーンで、数年にわたるアメリカとの通商交渉の最前線でアメリカと折衝を積み上げてきた。アメリカ通商代表部との信頼も厚く、外交手腕に乏しくトランプ大統領とも険悪な関係になっている習近平主席の橋渡し役として活躍した。
その背景にはChina国内の現実的な問題が横たわる。世界一豚肉を消費するChinaでは、豚コレラの発生により豚肉の不足が深刻化している。China政府は補助金を出したり、貯蔵肉を市場に放出したりしているが、実勢価格は4倍程度に跳ね上がっていると言われている。都市部と農村部のGDP格差が少なく見積もっても6倍はあると言われているChina国内にあって、中華料理に欠かせない食材の高騰はモロに消費生活を圧迫する。また、豚コレラ封じ込めに失敗した政府への批判も増大していると言われ、正確な統計が出てきづらいChinaであるが、生産農家、生肉業者に深刻な打撃を与えている。

https://web.archive.org/web/20190218172623/http://www.afpbb.com/articles/-/3211699

今年に入りChina国内で確認されたアフリカ豚コレラウィルスは、発表されている殺処分だけで数十万頭に及ぶが、実態はもっと多いだろう。
つまり今回の第一段階の通商交渉では、それらChina国内の食事状も大きく影響している。言い換えれば、アメリカがChinaを助けた形になっている。
一方、今回の中身を見ても、実は従来から取り沙汰されている内容以上のものはなく、本丸は第二、第三段階に控えていると考えて良い。その内容には農産物、サービス、工業製品、エネルギーの量的側面を合意したに過ぎない。アメリカが指摘し、各国共に問題視している特許権侵害問題や、元々、今回の交渉の火種となったChinaに投資する企業に対する技術移転問題がある。
2018年10月8日、マイク・ペンス副大統領はハドソン研究所の講演の中で、

「米国国民が知っておくべきことがあり、そのことをお伝えするために私はここに来ました。それは、中国政府が、政治、経済、軍事的手段とプロパガンダを用いて、米国に対する影響力を高め、米国国内での利益を得るために政府全体にアプローチをかけているということです」
「中国政府は現在、多くの米国企業に対し、中国で事業を行うための対価として、企業秘密を提出することを要求しています。また、米国企業の創造物の所有権を得るために、米国企業の買収を調整し、出資しています。最悪なことに、中国の安全保障機関が、最先端の軍事計画を含む米国の技術の大規模な窃盗の黒幕です。そして、中国共産党は盗んだ技術を使って大規模に民間技術を軍事技術に転用しています」

と強い口調でChinaの動きを批判したが、これは副大統領の言葉としては大変重いもので、一歩間違えば、戦争へと発展しかねず異例とも言える。

https://www.newshonyaku.com/8416/

この背景には、オバマ前大統領の対中政策を真っ向から否定するものであり、トランプ政権が誕生して以後、対中政策を切りかえるための準備を進めてきたアメリカが対中包囲網を作り上げてきた証ではないだろうか。Chinaの2758億1000万ドルにも及ぶ対米黒字(2017年)は、好調なアメリカ経済を受けてのものではあるが、アメリカ政府が指摘しているは為替操作も含めたChina政府の政策によるものではないか?ということだ。本来、自由であるはずの経済活動、貿易活動である筈のものが、政府の関与によるものとなればChina政府が覇権主義によって勢力拡大を図ると受け取られても仕方がない。周到に準備を進めてきたアメリカ政府は、2017年のChina税関総省の発表を待って、Chinaからの輸入品に対し、新たな関税措置に踏み切った。

筆者は、この第一段階合意に向けて拍車をかけたのが、ISISのバグダディ容疑者殺害とイラン革命防衛隊のスレイマニ司令官爆殺であると考えているのは、前回のコラムで指摘した通りだ。
Chinaはイランに対しての貿易額も年々増大しており、BRICs全体を通じて西側諸国に対して強気の姿勢を見せる主導的な役割を担っている。同時に、アメリカに対峙してる国への積極的な関係強化を行ってきた。中東諸国ではイランがその筆頭と言われており、イランが表向き推進する核エネルギー開発に対しても、積極的に支持する姿勢を見せていた。ところが、もっと気になるのは中国人民解放軍の張召忠少将の、

「Chinaは第三次世界大戦になってもイランを守るだろう」

という発言だ。これは軍事的な協力関係を推進することを意味し、それまでアメリカが懸念してきたイランの核兵器開発にChinaと北朝鮮が関与してきたことを示すとも言えないだろうか。核分裂技術をChinaが研究開発し、北朝鮮はロシア経由でミサイル開発技術を促進しながら、地下核実験を繰り返す。そして、イランに輸入した上で、北朝鮮はChina経由で石油を手に入れる。このサイクルは、経済活動が乏しい北朝鮮にあって核とミサイルの開発を進めてきたことの裏付けともなる。
早くからアメリカは北朝鮮に対しての経済制裁を国連を通じて各国に呼びかけ、同時に水面下で協力を続けてきたChinaを牽制してきた。また、それが対イランへの経済制裁にも通じる。北朝鮮アメリカと直接交渉せざるを得なくなり、イランの国内経済は疲弊する一方だ。加えて、ウクライナクリミア半島併合により同じく制裁対象になっているロシアは、東アジア情勢に影響力を持てなくなってきている。つまり、ここに来てChinaの孤立化が一層鮮明になってきた。
Chinaの年次報告は、成長の鈍感を示しており、アメリカとの通商交渉が長引けば長引くほど、China国内の格差が問題になり国民の不満がどのような形で表面化するか、誰にも予想出来ない。

https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjce/55/2/55_2_51/_pdf

香港のデモはあらゆるメディアによって世界中に配信され、ウイグル人チベット人への非人道的な弾圧も同じだ。
別の機会に触れたいが、そのようなChina政府の姿勢に、明確にノーを突きつけた、今般の台湾総統選挙結果は、China政府の対台湾工作の不備を露見させた。China事情に詳しい福島香織氏は、明らかにChina政府が台湾の総統選の結果を読み誤った結果だと指摘している。
繰り返すが、今回の通商交渉の第一段階合意は、米中貿易戦争の最初の段階に過ぎない。Chinaの覇権主義を警戒する日米をはじめとした西側諸国は、米中で行われる通商交渉の第二、第三段階に着目している。
筆者はChina crisisは起きないと考えているが、それはChinaが暴走しないことが前提だ。